インドネシア語通訳者としての想い
通訳者養成講座開講の理由
1.インドネシアとの出会い
2.外国語を話すことと通訳をすることの違い
3.通訳現場での戸惑い
4.なぜ通訳技術にこだわるのか
5.的確な通訳のための客観的な指摘
私がインドネシア語を学ぶことになったきっかけから、通訳をするうえでは語学力だけでは不十分であることに気が付き、英日通訳養成機関で通訳技術を学ぶことにした経緯と、その後の通訳者としてのキャリアを築く過程で感じた、通訳者として通訳技術が伴うことの必要性、そして的確に通訳をするために必要な客観的な視点について考えを、以下にまとめました。
インドネシアとの出会いから通訳技術が必要だと感じるまでのインドネシア語との関わり
sampai 2002
1.「インドネシアとの出会い」
はじめて私がインドネシアに行ったのは、高校2年生が終わった17歳の春でした。
私は、中学生の間は英語が全くできなかったのですが、高校に入って英語力が伸びたため、漠然と国連機関の職員のような仕事にあこがれるようになりました。ちょうどそのような時期に、ふとしたきっかけでアジアの国々に興味を持つようになりました。
あるNGOでアジアの国々について学ぶうちに、大学生になったらアジアに行ってみたいと考えていましたが、しだいに、大学生になる前に自分の目でアジアの国を見たいという思いが募りました。そして、そのNGOが主催する「高校生のための生活体験スタディ-・ツアー」に参加し、インドネシアに行くことになりました。(詳しくはブログ「インドネシア語を学んだきっかけ」)
当初は、アジアの国々の中で、インドネシアに特に興味があったわけではありませんでした。アジアの国に行くならそのスタディー・ツアーに参加すると決めており、スタディー・ツアーの行き先は、その年はインドネシアでした。ですから、偶然インドネシアに行くことになりました。そうして、1990年3月末から4月にかけてジャカルタとその近郊の村で11日間過ごしました。
今では工業団地となっているジャカルタ近郊は、当時は、見渡す限り水田でした。ジャカルタ近郊の村の家でホームステイをしたり、村落実習の大学生のお別れ会に飛び入りで参加したりしました。挨拶以外に覚えていたインドネシア語は「散歩したい」でした。
その結果、ホームステイ中に何度も家の周りを散歩することになりました。外を歩くと、遊んでいた近所の子供たちが珍しがって集まり、”bebek(アヒル)”, “motor(バイク)”, “bunga(花)”, “kelapa(ココナツ)”など、目につくものの名前を次々にインドネシア語で教えてくれました。発音が違うと笑われ、何度もいい直しをさせられるという、3年生を目前とした日本の高校生としては考えられないような、ゆったりした時間を過ごしました。
滞在中は、主催者側スタッフと受け入れ先関係者以外に、ボランティアとして大学生が2人同行し、インドネシア語を英語に通訳してくれました。高校生の私達参加者は、2人を頼りにしてなんでも質問しました。
滞在中にイスラム教の断食月に入りました。断食の初日のことです。道に、手に持った空き缶を振っている子どもがいました。すると、大学生の一人が車の中から子どもにお金を渡し、私達に、「この地域の人々は貧しいから」と話してくれました。
日本の普段の生活の中では、「お金を施す」場面を見ることはあまりありません。私には、子どもが空き缶を振っていることも、それに対して当たり前の様子でお金を渡す大学生がいることも衝撃的でした。事前に勉強会があったので、イスラム教の「喜捨」について、言葉では知っていました。
しかし、目の前で見た行為とのつながりは分からなかったので、改めてお金を渡した意味を大学生に尋ねました。「この子たちはいつもお金を恵んでもらっているわけではないし、生活の足しになるから」と、彼なりの説明をしてくれましたが、それでも、その場限りのことをしているように感じられ、お金を渡す意味が理解できませんでした。
インドネシア人家庭でホームステイを経験し、夜明け前の星空を見ながら水浴びをしたり、近所の家に呼ばれてアルバムを見せてもらったり、日の入りまで一緒に断食をしたり、そうした体験そのものは珍しく、毎日が充実しており、楽しく過ごしました。
一方で、心のどこかで物足りなさを感じていました。帰国後にようやく、その理由が、「ことばを知らなかったから」だと気が付きました。
「ことばを介さなくては、自分の意見も伝わらないし、相手の言っていることも分からない。言葉は生活の基本だった」ということに改めて気が付きました。
ことばが通じなくても楽しむことができる「心と心の触れ合い」もあります。しかし、ことばはその土地の生活、社会や文化と密接に関連しています。滞在経験を振り返ってそのことに気が付いたので、次に行くときは、真剣にことばを勉強してからにしようと心に決めました。
「自分で質問したい」、「自分でその答えを知りたい」。
話し手の「伝えたい」思い、聞き手の「知りたい」思いをくみ取り、相手が言わんとすることを理解し、丁寧に伝える、そういうことができる通訳者になりたいと思うようになったのは、その時の経験が土台になっています。
「伝える」をことばで支える
私の通訳の原点は、ここにあります。
2.外国語を話すことと通訳をすることの違い
「誰かインドネシア語ができる人を知りませんか?通訳をお願いしたいのですが。」
私も、インドネシア語が話せる、という理由で通訳の依頼を受けたことがあります。
それは大学院生の時でした。
あるプロジェクトで、京都市に居住する外国人が災害時の避難方法を知っているかを確認する調査が行われることになりました。対象者にインドネシア人が含まれていたため、調査を実施した研究者はインドネシア語ができる人を探しており、私は、指導教官を通じてインドネシア語の通訳を依頼されました。
私は大学生の時に、交換留学生としてインドネシア大学に1年間留学しました。大学院では、フィールド調査を行うために、合計すると6か月間インドネシアに滞在しました。調査では、西スマトラ州出身のミナンカバウ人を対象に、直接話を聞き取り、記録としてまとめるオラルヒストリー(口述記録)という手法で、1970年代当時の状況や身の回りに起きた変化についてインドネシア語でインタビューをしました。聞き直すこともありましたが、さまざまな職業の人に会い、話を理解することができました。また、身近な人の話を通訳した経験はありましたので、京都市在住の外国人に関する通訳も何とかなるだろうと考えていました。
ところが、通訳をする場でアンケート項目の「フォーマルな質問文」をインドネシア語にしようとすると、思うように訳せません。何度も言葉を選び直したり、文を言い直したりして時間がかかり、訪問先のインドネシア人宅で脇に汗をかいたことを今でも覚えています。
そのような状況であったにもかかわらず、他にインドネシア語が話せる人がいなかったため、大変感謝されました。満足に通訳することができなかったのに謝金を渡されたことについて、これで良かったのだろうか、という疑問が残りました。そして、帰宅後にスムーズに訳すことができなかった原因がどこにあったのか気が付きました。
今では「災害」も「避難」も、中級レベルの学習者であれば知っている単語ですが、当時は、阪神淡路大震災の反省として「災害時の外国人の避難」について注目することになったという経緯があり、どちらの単語もインドネシア語のテキストにはまだ載っていませんでした。そのため、「災害時の避難方法」を、質問者にも了解を得たうえで、日本語で表現するなら「地震や火事が起きた時の逃げ方」と訳しました。ほぼすべての質問文においてそのような訳し方をしたため、インドネシア語に訳すのに日本語の何倍も時間がかかりました。意味は間違っていませんし、相手にもしっかりと理解してもらえました。調査の目的を考えると十分良い通訳だったのかもしれません。
ただ、「知らない単語は訳すことができない」という事実を学びました。そして、通訳現場で知らない単語に遭遇すると、想像以上に緊張するということも学びました。
その経験から、なじみのない分野で通訳をする際には、使われるだろうと思われる単語を事前に予測し、確認し、用語集を作成するという準備が必要であることを学びました。
3.通訳現場での戸惑い
大学院で修士号を取得した後、私は1998年春から2002年春までインドネシアに4年間滞在しました。私は、インドネシア人男性と結婚しました。子どもが生まれ、子どもが生後2か月の時から、毎週、ニュース記事の翻訳の下訳をしました。そのほか、指導教官からの依頼で、ミナンカバウ人に関する学術書を英語からインドネシア語に翻訳し、共訳者の一人となりました。
そして2002年に帰国しました。帰国後2週目に通訳の仕事が見つかりました。大学院生時代に、あるエージェントから二輪の製造現場の通訳業務を依頼され、請け負ったことがあったため、何か仕事があればと期待を込めて連絡を取ったところ、偶然にもインドネシア語通訳の仕事がありました。その後、JICE(日本国際協力センター)でもインドネシア語力がある人を募集していることを知り、連絡を取りました。無事に語学試験に合格し、その夏には、通訳や研修の調整的な業務を行う「インドネシア語コーディネーター」として登録されました。以来2005年までほぼ毎日、JICA(国際協力事業団)の国内研修において通訳の仕事をしました。
2002年の春に帰国した私には3歳にもならない娘がおり、離婚して、シングルマザーとして娘を育てる必要があったので、帰国後すぐに、インドネシア語を用いる仕事に携わることができたことは大変幸いでした。
しかし、仕事があるかどうかはJICAの研修の有無に左右され、不安定でした。子供を育てていくうえで将来設計を考える必要から、インドネシア語通訳者としての将来性について考えるようになりました。
まず通訳エージェントに登録する必要があると考え、語学力を客観的に示すため、インドネシア語技能検定試験を受験し、2002年にA級を、2003年に特A級を取得しました。
特A級は、「プロの通訳/翻訳者として通用するレベル」と言われています。特A級に合格しただけでなく、長期生活経験者以上のインドネシア語力があるとの自負心がありました。それだけでなく、JICAの研修通訳に際しては、睡眠時間を削り、背景知識や専門用語を確認するために事前準備を行いました。
ところが、通訳をする立場で研修現場に臨むと、スムーズに対応することが難しいことがありました。事前準備に何時間も費やしていることは他の人には分かりませんから、何でも通訳できると思った講師が、事前資料もなく専門的な内容を話したり、休憩時間を設けずに講義を続ける講師がいて疲労困憊したりしました。
コーディネーターとして、効果的に研修を行うために、講師に何をどのように伝えるのが良いのか十分に把握していなかったため、JICEの事務所に戻ってから、英語コーディネーターや上司に相談しました。先輩コーディネーターから豊富な経験と知識をシェアしていただいたおかげで、通訳業務をこなすことができました。しかし、時には、研修中にその場で判断しないといけないことがあります。通訳現場で迷うことがあるたびに先輩から教えてもらうのでは一人前の仕事をしているとはいえないのではないか、やれることがまだあるはずだと考えるようになりました。
そうして出した結論は、通訳養成機関に通う、というものでした。通訳養成機関の講師陣は現役通訳者であり、通訳学校では通訳技術はもちろんのこと、現場での対応についても教えます。ただ、インドネシア語―日本語を対象とする通訳養成機関はありません。あるのは英日の通訳養成機関です。
それでも、ノウハウが蓄積されている英日通訳養成機関で学ぶ必要があると確信したため、受講を決心しました。受講要件に「TOEIC900点以上」とあったので、受講要件を満たし、英日通訳養成機関で学びました。
そのようにして、逐次通訳者として必要な通訳スキルを学ぶ、英日通訳養成機関の「プロ通訳基礎科I、II」を修了しました。そこで学んだ通訳技術を元に、現場での経験を重ね、現在に至ります。
通訳養成機関で学び得たものは、当初学びたかった通訳者としての心得や語彙の増やし方などだけではなく、メモ取り、シャドーイング、リプロダクションといった基本的な通訳技術が的確な通訳を支えているという事実でした。そして、基本的な技術を身につけ、日々練習を繰り返すことだけでなく、自分の通訳に対して客観的に指摘されることの重要性にも気がつきました。
4.なぜ通訳技術にこだわるのか
英日通訳養成機関に通い、そこで学んだ通訳技術をインドネシア語―日本語の通訳に応用することで、私の通訳者としてのキャリアは伸びました。なぜ、通訳技術がそれほどまでに大切なのでしょうか。通訳技術を身につけるとはどのようなことなのか、「メモ取り」を例にとり、考えてみましょう。
自分で話をする時、原稿がなくても話をすることができます。例えば、昨日●●に行って〇〇をした、という話をする場合は、昨日の出来事を思い出すことができれば話し続けることができます。
しかし、通訳をする立場になるとそうはいきません。話し手の話が長くなるかもしれません。突然、専門用語を用いるかもしれません。急に話題が飛ぶかもしれません。どのような状況であっても、話し手のストーリーを聞き手に伝えるためには、メモを取る必要が出てきます。
私たちは、日常生活の中で、当たり前のようにメモを取ることができます。ですから、通訳の際にメモを取ることは簡単なように思われるかもしれません。しかし、聞きながらメモを取るというのは、実は高度な技術が必要とされます。
例えば、学生の頃のリスニング・テストを思い出してください。会話の最後の応答がそれまでの会話の流れに合うものを選びましょう、という課題では、AさんとBさんの会話のやりとりがあり、最後に3~4つの文が選択肢として読まれます。
リスニング・テストが苦手な人は多くいます。「頭が真っ白になって分からなくなってしまうんです。でも後でスクリプトを見ると、自分も理解できるはずの文なんです」。そういう声を聞くことがありますが、本当にリスニングが苦手なのでしょうか。
英語の発音と文字の関係を十分に把握していないために「聞き取りの力」が弱い場合もありますが、リスニング・テストの点数が悪い場合、原因は「聞き取りの力」だけではないことが多いのです。
知っている単語から構成されている文だったとしましょう。自分が知っている表現に近いけれど単語が省略されていたり、耳慣れない語順だったりすると「あれ?」と、迷いが生じます。その瞬間にも、音声は次の文を読み進めているので、聞き漏らしてしまいます。
次に、知っているはずなのに意味を思い出すことができない単語が一つ含まれていたとします。すると、その単語の後ろの単語は知っていたとしても、聞き漏らしてしまうことがあります。「さっきの単語は何だっけ?」と、一瞬考えてしまうからです。
今度は聞き漏らさないようにメモを取ったとします。すると、書くことに集中してしまい、書いている間に次の文が流れ、聞き漏らしてしまいます。
そうした失敗から学び、今度は簡単にメモを取ることにしたとしましょう。ところが、後で見た時にそのメモの意味が分からなくなってしまうことがあります。
このように「リスニング・テストが苦手」といっても、正解できない原因は複数考えられます。
通訳をしているときにも同じことがいえます。どのような話であっても、聞きながら、後でその話を再現することができるようにメモを取る必要があります。理解できるはずの内容であっても、メモ取りの方法が適切でなければ、話を再現することはできません。
「知らない単語があっても、前後の流れから補足しながら考え、次の文を聞き漏らすことがないようにし、語順が異なるのは特別な意味があるのか、それとも単なる言いよどみの結果なのかを判断し、メモに集中しすぎて聞き漏らすことがないような簡単なメモをとる」。
「メモ取り」という言葉からは「メモを取っている行為」を想像しますが、実際には、上記のような複数のプロセスをまとめて、行為の結果だけを指して「メモ取り」と表現している、と考えることができます。
メモ取りができなければ、話し手の話を再現することができません。ですから、メモ取りは、通訳技術のなかでも大変重要なものの一つです。通訳をするうえで必要な技術は、メモ取りの他にも、シャドーイング、リテンション、リプロダクション、サイトラなどがあります。
トレーニングすればできるようになることが「技術」です。技術が伴うことで、さまざまな場面で安定した訳出ができるようになることが明らかであるからこそ、日本全国に英日の通訳養成機関があるのです。ですから、通訳者として仕事をするのであれば、通訳技術のトレーニングをすることは大変有効です。
私は今でも、ほぼ毎日、日本の新聞の音読やシャドーイングなどのトレーニングをしています。そしてほぼ毎日、インドネシア語の新聞記事を読んでいます。継続して行っているということが精神的な自信につながり、安定した訳出をするのに役に立つと考えています。
5.的確な通訳のための客観的な指摘
それでは、通訳養成機関に通わなくても、方法が分かれば、独学で通訳技術を身につけることができるのでしょうか。通訳技術のトレーニングを受けずに通訳をされている方も少なくありませんし、実際に、尊敬するインドネシア語のプロ通訳者の中には、独学で高い通訳技術を身につけた方もいます。
しかし、独学で、的確な通訳をする力を身につけるのは簡単なことではありません。その理由は、自分のパフォーマンスを客観視することが難しいからです。
通訳をするうえで気をつけることはいろいろあります。聞き手が理解しやすいようにという視点で見ただけでも、言葉の選び方、文の分かりやすさ、話し方、聞き取りやすい発音やリズムなどがあります。通訳者は、同じ意味であっても、場面によってより適切な言葉を選んだり、敢えてある言葉を使わないようにしたりすることが求められます。
通訳者がそのように工夫したつもりであっても、通訳した結果が実際に分かりやすい文になっているのか、聞きやすい音声になっているのかを自分自身で判断することは容易ではありません。だからこそ、他の人に聞いてもらい、どうしたら良くなるのか、何を改善したらよいのかというような客観的なコメントをもらう場が必要だと考えます。
本通訳養成講座では、通訳技術のトレーニングを行うほか、言葉の選び方、発音、話し方について客観的に振り返る時間をもつことができます。そのため、通訳現場でより的確に通訳することができるようになります。
私は、「誠実」に仕事をしたいと考えています。私の立場で「誠実」というのは、通訳をする相手や依頼者に対して誠実に対応するということを意味します。また、インドネシア語のように「学ぶ場や活用できる辞書が限られている」状態であっても、自分にできるベストを尽くす、という意味でもあります。通訳業務を引き受けたことに対する責任があると考えているからです。
インドネシア語通訳者を目指す方々にも、今よりも自信をもって通訳をしていただきたいと考えています。だからこそ、オンライン・レッスンで学び、広く生かしていただきたいと考えました。
日本でのインドネシア語の重要性は、今のところ少数言語という立場にとどまっていますが、インドネシアの人口は2億6千万人を超えており、話者が多く、経済は大きく成長しています。今後は、日本においても、相互のコミュニケーションの重要度は高まると思われ、インドネシア語通訳者の需要は増えていくでしょう。その礎となるべく、インドネシア語の通訳力のレベルアップを図っていく場を提供したいという思いも本講座を開講する動機の一つです。
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