12月の恒例行事:インドネシア語のプレゼンテーション
気がつくと年の瀬も押し迫り、気ぜわしくなってきましたが、今年の締めくくりとしてまとめます。
12月には恒例行事があります。「インドネシアの言語と文化」を教えているM大学で、学生がインドネシア語でインドネシア人を対象に発表するというものです。M大学では過去数年にわたり、このような発表の機会を設けています。
外国語学部の3年生もしくは4年生に第3外国語としてインドネシア語を履修している学生がいます。前期に履修した学生を対象に、後期には身近なテーマでインドネシア語でインドネシア人に発表をするというカリキュラムを組んでいます。身近なテーマには、アルバイトや大学生としてのある曜日の過ごし方、好きな食べ物、趣味、将来なりたい職業のために努力していること、などがあります。
コロナ前は、介護福祉士候補生として介護施設で就労予定で日本語学習中の20代のインドネシア人を対象に発表の機会がありました。インドネシア人の若者も日本語でインドネシアの文化や習慣について発表するほか、出身地域の民族衣装を身にまとって歌や踊りを披露してくれました。
学生たちは、自分が発表していることについて目の前で反応があること、すぐに質問があることに喜びを感じ、「準備は大変だったけれど自分が学んだ外国語が通じることが分かって感激した!」と口々に言っていました。
また、インドネシア人の若者も、日本では大学生がアルバイトを通じて時間管理や責任感など仕事に必要な心構えやお金の大切さを学ぶきっかけがあることが素晴らしい、日本人の家族のなかで高齢者がどのように過ごしているのか具体的な話が聞けて良かった、夢に向かって努力を続けている話を聞いて自分も頑張ろうと思ったなど、これまでの日本語学習の中では知りえなかったことを具体的に知る機会が得られたと喜んでいました。
コロナにより、それまで行ってきた対面での発表が昨年からできなくなってしまいましたが、学生がインドネシア語を使う楽しさを経験し、心躍る様子を見てきていた私は何とかしてこのような機会を継続して提供したいと考えていました。最終的に昨年は、インドネシアのA大学日本語学科の学生を対象にM大学の学生がインドネシア語で発表し、それに対しインドネシアの学生は日本語で質問するという形で、ZOOMを通じての発表を実現しました。
これにはさまざまな手続きが必要となりました。A大学のV先生が私の申し出を快く受け入れ、大学側と交渉を進め、M大学はA大学の要望に快く応じ協定を結び、M大学外国語学部や情報センターの職員の方々は機材や接続に関わるサポートしてくださいました。私ひとりのアイディアだけでは実現不可能なことですので、関係者の皆さまのご協力に深く感謝しております。
今年の実施に活躍したアプリ
多くの方にご協力いただいたものの、初めての経験であったため、昨年の発表では反省点もありました。
ひとつは、発表時間の前のコマを担当されていた先生が授業を延長したため、休み時間にする予定の接続準備が遅れ、開始時間が遅れているなか、先方の先生からWhatsAppで様子を尋ねるメッセージが入りました。どれにもテキパキ対応したつもりが記録用動画の開始ボタンを押し忘れるというミスをしてしまいました。
今年はその反省を生かし、前のコマに授業がなく、かつ接続環境やスクリーン等の機材が揃っている教室を確保し、接続確認も事前に時間をかけて入念に行いました。
教室のスピーカーを使用しつつもハウリングが生じないマイクの選定や設定、発表資料であるパワーポイントをスクリーンに映し出すほかに、教室内の学生がインドネシア人学生の反応を見ることができるようにするためのプロジェクターなどを接続しました。
事前に確認済みであったにもかかわらずその場になってインターネット上の問題が生じ、開始時間は今年も予定より遅れてしまいましたが、今回は落ち着いて対応し、記録動画も撮ることができました。
もうひとつの反省点は、発表者である学生にはインドネシア人学生の反応があまり分からなかったという問題です。対面では、相手が頷いて聞いている様子やしーんと聞き入っている空気、笑いや拍手が起きるなどさまざまな反応をその場で感じることができました。ところが、オンライン上ではたまにカメラを見ることはあっても、ギャラリーを見ながら発表する余裕はありません。
そこで今年採用したのがFlipというアプリです。これは、グループのメンバーがアカウントを作らずにリンク先で動画を共有できる教育用の無料のアプリです。Flipにこの発表に関するフォルダーを作成しました。
A大学とM大学の学生の交流の場として、発表後にそのフォルダーを期間限定で使用できるようにしました。そうしたところ、インドネシア人学生が「とても面白い発表でした」、「楽しかったです」、「日本のことがよく分かりました」など日本語で感想を録画し、次々とアップロードしてくれました。
ヤシの葉が風に揺れている屋外や室内から、笑顔で友達と感想を伝えるインドネシア人学生の動画を見て日本人学生はとても嬉しかったそうです。これを感じてもらうことが私の後期の授業の目的のひとつでした。ですから、対面での発表は叶わずとも、そして、発表しているその瞬間でなかったとしても、外国語を学ぶ楽しさのひとつである「相手の反応を感じる場」を作ることができ、昨年の反省を生かせました。
もうひとつ付け加えるならば、何度も見直すことができる形でメッセージがあるという意味においては、ワンランク上の喜びかもしれません。教室でのリアルタイムでの反応も嬉しいものですが、異文化を感じる背景が見えるところからメッセージをもらえるのは、日本人学生にとっても、インドネシア人学生にとっても心が浮き立つものではないでしょうか。
M大学の学生もお礼の動画をアップロードするなどしていますが、年末年始や日常生活についてもう少し動画を活用したらさらに楽しいのではないかと考え、1月いっぱいまで使用できるようにしました。
M大学ではインドネシア語に特化した授業ではなく、文化に関する講義があることから、インドネシア語学習の授業は前期を含めて合計で20コマ程度で、学生は自由に会話ができるレベルではありません。そのため日本語で話すことの方が多いと思いますが、インドネシア人学生の日本語レベルが高いこともあり、コミュニケーションは成り立ちそうです。
外国語学習における音声と動画の活用
実は、このアプリは発表の準備段階でも活躍しました。
発表の練習段階で、まず私が学生の原稿を読み上げました。学生には、適切な指導がない中で発音やイントネーション、間に気を付けて読むことは難易度が高いため、私がモデルとして音声を読み上げるところをFlipで録画しました。学生はその動画をもとに練習し、練習成果を録画してFlip上で提出します。
それに対し、私が学生の発音や読み方、文章でおかしい箇所をコメント欄に入力するという形でフィードバックをしました。学生は自分が読み上げている動画を見ながらコメントを読むことができるため、改善すべき個所を簡単に確認することができます。このような形でこのアプリを活用しました。
このアプリは直観的に使えたこともあり、あまり多くを説明しなかったのですが、英語の授業で使ったことがあるという学生がほとんどでした。
Flipを運営しているMicrosoft社は、活用方法についてこちらで説明していますので、興味がある方は別途ご覧ください。Microsoft社の説明によると、Flip は教師がクラス内のすべての学生を見て、聞き取り、楽しくサポートするソーシャル・ラーニング環境を促進するのに役立つビデオ・ディスカッション・プラットフォームだそうです。
私は、受講していたイギリスのSheffield大学のオンライン講座で紹介されたことから、このアプリを知りました。外国語を教える教師を対象とした講座であるため、無料・有料を問わず教育用に活用できるアプリの紹介があり、そのひとつがFlipでした。もともと教育用の動画共有サービスであり、セキュリティ面についても安心だとの説明があり、使いやすさを受講者同士で検証する時間がありました。
その場ではピンとこなかったのですが、ある時、今回のような活用の仕方ができるのではないかと思い付き、試しにやってみたところ、大成功しました。
メリットとデメリット
Flipを今回のような外国語学習の用途で用いるメリット・デメリットについて私が感じたことをまとめます。
メリット
教師・学生間
①発音の確認に重要な口の周りの動きを見ることができること(動画)
②間やイントネーションのデモンストレーションになること(動画の音声)
③フィードバックを動画の当該コメント欄に入力し、すぐに送るれること(コメント機能)
④学生はそれをすぐに確認することができること(通知機能)
⑤録音後はその場でアップロードできる(ワンストップで完結すること)
異なる言語間
①録画することで文化や習慣の紹介が簡単にできる
②今回のように話す、書くなどのアウトプット能力が十分ない場合も、動画を活用することでコミュニケーションを取りやすい
デメリット
①Google アカウント、Microsoftアカウント、Apple IDからログインすることができるが、いずれも所有していない学生がいると難しいかもしれない
②個人情報をソーシャルメディアなど別の形で利用しないこと、建設的なコメントにすることなどをメンバー間に周知することが必要
③私自身が使い方を熟知しているわけではないため、不安要素が全くないわけではない(教育用途であるということから信頼して使用している)
まだ半分しか回答が来ておりませんが(笑)、このアプリを使用した学生の感想を紹介します。
いかがでしょうか?どれも納得できる感想なのですが、個人的には「練習効率が上がった」という意見に一票入れたくなりました。私自身はこのような方法で学んでいないので分かりませんがこれは効率的な学習方法だと思います。
アイディアが湧いた!
ここで正直な気持ちを書きます。仮に、教えているM大学などで、Flipについて授業に活用できる使い勝手の良いアプリだと紹介されたとしても、それほど興味を持たなかったような気がします。
そもそもは前述の通り、受講していたイギリスのオンライン講座で、Flipを実際に使って感想をまとめる時間がありました。そこでも「素晴らしいアプリです!」とイチ押しのアプリとして紹介されていたわけではなく、やはり「ディスカッション・プラットフォーム」として紹介されていました。
M大学外国語学部は基本的に対面授業を行っているため、このアプリを知った時点では、対面で授業をしているのでディスカッション・プラットフォームを使って議論する必要は生じないだろうと思っていました。
ところがある日、「このアプリなら今まで困っていた録音・録画の問題が解決する!」とひらめきました。
前述のイギリスのオンライン講座では、私たち教える側が「学びの質を高めるために、よりよい環境を提供する」という意識を持つことや、テクノロジーを活用することで学びにはさまざまな可能性が生まれることについても学びました。
テクノロジー(アプリ)を活用することで、対面で発表を行うことができない状況下で生じるデメリットを補うメリットがある、というように。
ただしよりよい環境を提供するためには、これまで使用したことがないテクノロジーであっても、私たちが積極的に取り組む必要があること、初めから完璧に活用することを狙うのではなく、プラス面を活用しつつ、問題が生じたり、失敗したら、その都度より良い方法をさらに模索するという手間を惜しまないことが重要なのかもしれません。
2023年は「学びのためのよりよい環境」を工夫して教材を制作したり、講座のカリキュラムに反映させたりしていきたいと考えています。