受講者アンケートより~2024春「通訳基礎1」

2024春「通訳基礎1」の特徴

このところ毎期開催している「通訳基礎1」の春期講座を実施しました。今期だけ、私の日程の都合で5回の開催としました。

受講者はフリーランスの通訳者です。Aさま(40代)、Bさま(40代、女性)、Hさま(30代)の3名です。皆さま、ご受講いただき、またお忙しい中アンケートにご協力いただき、ありがとうございました。

 

参加への迷いと決め手

参加者は全員、前期(2023秋期「通訳基礎1」)の参加者、つまりリピーターでした。全員迷いなく、受講を決めていらっしゃいました。

決め手についての回答は上記の通りです。頭では分かってもできるようになるまでに時間がかかることもありますので、教えていて感じるのは「継続は力なり」です。

期待と満足度

■期待

すべきことのあぶり出しや意見を求めるというのは、この講座の適切な活用方法のひとつだと思います。

また、受講者同士の存在が刺激になるというのもその通りだと思います。

「通訳の実践的能力の向上」とあります。大げさだと思われるかもしれませんが、通訳現場に通じる緊張感をもつ場は、日⇄尼語でこのレベルでは、現時点ではこの講座以外にないと思います。通訳分野に応じて学習目的や内容を考えており、指摘するコメント内容についても、他のインドネシア語通訳者や語学機関がまねることは難しいと考えています。

■満足度

すぐに改善できるものもありますが、定着するまでに時間がかかるものもありますので、努力不足・復習不足だけではありません。

まじめに取り組んだことは、時間はかかっても必ず身になります。

気をつけるようになったこと、長所・短所

■気をつけるようになったこと

これは、受講者自身の問題意識を表したものでもあると思います。私がコメントした内容の中で腑に落ち、すぐに取り組めるようになった事柄が記載されていると思います。

逆に言えばここに記載していないことは、まだ取り組む段階にはないと思います。私はこれを「健全な学びのステップ」だと考えているので、この項目を嬉しく読みました。「健全な学びのステップ」というのは、私が考える大事なステップで、自分が集中していきたいことを言語化し、自分の軸を持つことから始まると考えています。

語学の勉強が好きな方の中には、力をつけたい一心で、あれもこれも手を出したくなる傾向がある方がいらっしゃいます。確かにどれもやる必要があるのですが、このレベルでは、その中でも何を意識して学ぶのかがこれまで以上に重要になると考えています。

語学といっても通訳ができるようになる(あるいは適切に話せるようになる)には、短期集中や暗記だけでは対応できません。意識して取り組む内容を具体的に絞っていかないと、手を付けても結果が出ないことになります。気持ちばかり焦っても仕方がないですね。

できていないことに目を向ければ、私もそうですが、いくらでも挙げることはできます。発声、語彙や表現の豊富さ、選ぶ格の高さや適切さ、正確さ、分かりやすさ、声量など、言い出したらキリがありません。しかし、時間が限られている以上、やれることから取り組むしかありません。

ひとつずつ力をつけていこうという堅実な姿勢が、ここに記載された具体的な内容に表れています。これまで時間をかけて学んできたプライドもあるはずですから、受講者の皆さんが冷静に分析している証ですね。

■長所&短所

自分の長所にもスポットライトを当てるという意味で書き出してもらっています。

語彙力は急に伸びるものではないでしょうが必ず増えますので、さまざまな分野の文献を読んだり、動画を視聴するなど、今後も自分で興味を持った内容を中心に取り組み続けてください。

 

語彙について(余談)

話が逸れますが、語彙増強について少し記します。

偉そうに他人に言えるほどの語彙力なのか?と我が身を反省しつつ書いています。今でも努力は続けているので、それに免じて語彙増強に関する私の考えについても読み流していただければと思います。

日本語、インドネシア語を問わず、私が知らなかったり、知っていても使いこなせていない単語はごまんとあります。今でも毎日、辞書を引いては、未知(単なる勉強不足)の世界が大海原のように広がっていることに気が付き、それが私の「知る喜び」につながっています。

最近では、生態系の業務を通じて「川狩」という季語を知りました。

もともとは、川に植物の毒を流し、麻痺させることで魚を簡単に大量に捕まえる漁法の日本語を探していました。今の時代なら「持続可能な自然資源の活用」、「自然資源管理慣行」、ひと昔前なら「入会」、あるいは「コモンズ」の文脈です。

日本でも過去に同様の漁法が行われていたため、すぐに見つかりました。「毒流し」、「毒もみ」などの呼称があり、日本では山椒が使われることが多かったようです。その「毒流し」は「川狩」ともいい、夏の季語だということも分かりました。

季語になっているということは、昔々、川が流れている地域では、1年のなかで特定の時期に「毒流し」を行ってよいという取り決めが村にあったこと、それは麻痺する成分が最も高くなる時期のはずで、夏の季語ということから、行われていたのは5月~7月だったことが推察できます。

そうすると、「毒流し」が行われていたのは「山椒」がスーパーに出回る時期とあまり変わらないだけでなく、私たち人間のみならず魚も山椒に痺れていたということです。魚も捕まる直前まで「山椒の季節の到来!」と束の間の喜びを感じていたのかは分かりませんが、このように想像していくと、「川狩」が一気に身近な存在になります。

ちなみに、俳句歳時記を開いてみたところ、次のように書かれていました。

【川狩】投網 川干 瀬干 毒流し 換堀 掻堀

川で一挙に魚を獲ること。主に投網・叉手網・四つ手網など網を用いる。また、川を堰き止め中の水を干してとる「川干」、川に毒を流して漁獲する「毒流し」などがあり、堀や池の水を汲みほして獲ることを「換堀」という。

                   (『合本俳句歳時記(第五版)』角川書店より)

マルク諸島で行われるサシについては大雑把な知識がありましたが、今回の漁法はそれとも異なります。インドネシアのある地域で行われていた漁法も日本昔話に出てきそうなものとしてイメージしやすくなります。(ちなみに「毒流し」という漁法は、日本では、水産資源保護法により現在は禁止されているそうです。)

このように単語の意味を辞書で調べると世界が広がります。単語を文字で覚えるのではなく、このようにイメージできるようにすることがポイントです。こうすると頭の中で白黒だった情報がカラーになりませんか?カラーになった情報は定着しやすいと思います。

語彙増強の方法として、私は辞書を調べるように言いますが、知りたい単語だけを効率よく調べると、単語調べの時間は短縮できますがその単語が定着するまでに時間がかかるものです。定着させたい単語なのか、その場で意味が確認できれば良いのかを判断し、単語調べにメリハリをつけましょう。

ある単語からその背景にある世界を推察する力が、スピーカーが伝えようとしていることを適切に捉える力につながると思います。今回では、「夏の季語」だと分かったことから、多くのことを推察することができました。

この場で出しても良い例で「背景知識が通訳力を左右する」ということを具体的に説明するならば、このようなことだと思います。スピーカーが「毒流し」のインドネシア語バージョンを説明した時に上のことが頭に浮かべば、メモリを食わずに通訳業務に専念できます。そのため、デリバリーの質が上がります。

語彙増強に関する話題はこれくらいにして、アンケートに戻ります。

 

達成度

●1番目の回答は、つまりはレベルが上がったということですので、素晴らしいですね!読んでいてグッときました。

●2番目の回答は、お互いに同じことが課題と感じているということですので、今後の強化点については迷いがないですね。

●3番目の回答について。私は「注目されそうなトピック」に狙いをつけることが得意だと思います。狙いをつけてニュースを読むと、背景知識が増え、通訳しやすくなります。私が比較的よく対応する分野には、政治・経済、エネルギー、脱炭素、労働、輸出入、生産管理、運輸、環境、アート、介護などさまざまな分野がありますが、関心を持って読み続けるだけでも基礎知識は増えると思います。

もともとの興味の有無も関係しますね。私はスポーツにあまり興味がないので単語がなかなか増えません。一方、私は理系ではありませんが、設備や機械を含む技術系の分野について読んだり話を聞いたりするのは好きです。愛知県に住んでおり、製造業全般での経験が多かったことも関係していると思います。

語彙増強の項目に書いたように、背景知識というのは白黒の情報がカラーになることにつながると考えています。だからこそ、視覚に訴える具体的な媒体に接するために、博物館や科学館、美術館などに積極的に足を運ぶことが通訳業務にもプラスになると考えています。

 

意識の変化

●1番目は、ご自身で書いていらっしゃるように、今は通訳をする際に余裕が感じられます。言葉で伝えるのは難しいのですが、汲み取る力も強く、これまで継続してきたことで力がついてきていると感じます。

●2番目の、リサーチに時間をかけるようになったというのは大きな変化だと思います。やはり背景知識の有無が通訳力を左右しますので、普段からリサーチする癖をつけておくのは良いことですね。

●3番目も、2番目に似ていますし、上にも少し書きました。私は、それぞれの立場を意識してするようにしています。政府の立場、企業のトップ、労働者、消費者、企業側、市民側など、同じ問題を扱っていても、立場によって異なる単語を使う場合がありますね。

また、同じ内容であっても経済と環境など分野が異なれば、適切な単語が異なることもありますが、それは読書を含め、積極的に読む中で得られる知識です。そうしたことも「幅広い背景知識」のひとつになると考えています。

大変だったこと

●負担に思われたんですね。とても良かったですよ。自分ではなかなかやれないことですから課題にしてよかったです。

●そうですね。とても冷静な見方をされていますね。インドネシア語の特徴のひとつではないかと思いますが、ある程度話せるようになると通訳ができると錯覚する人が多いのではないでしょうか。

料金の多寡に関わらず、通訳報酬を受け取るのにふさわしい通訳をするには、誰でもかなり勉強をし直さないといけないと思います。その点を認識されている点でリードされていると思います。

●仕事との兼ね合いは確かに大変だったと思います。とはいえ、どこかのタイミングで「えいや」とやるしかないことでもあったと思います。

 

改善点と学び

■改善点

全体的に良かったと理解します。ありがとうございました。

■学び

●受講目的と講座の内容が一致しているということだと理解しました。

自分自身の問題点や課題を客観視することは難しいので、そのように活用いただければ幸いです。

●現場の話というのは、「なぜこの現場でこの話題が出るの?」と思った、という話でしょうか?私は、「役にたたない情報は何もない、過去に学んだことはすべて活用できる」という話をよくします。

本題に関係する内容は事前に準備しますが、軽いトークが実は難しいのです。「うちの孫(とか子ども)は日本のアニメが大好きで」から始まってお気に入りのアニメ作品が出てくることがあります。お決まりの、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ドラゴンボール、NARUTOなどひと昔前のアニメやジブリの作品もよく出てきますし、最近(1-2年前)のアニメも出てきます。

厄介なのが、最近でもなく昔でもない時期の作品です。「進撃の巨人」を知っているだけでなく、その英語名が “Attack on Titan”だと知っていて良かった、とか京アニが制作したアニメを知っていて良かった、ということは過去にありました。

非常勤で教えているM大学の大学生に、ジャカルタのAl Azhar大学の大学生にインドネシア語でプレゼンをさせるという授業を行っています。そうすると、アニメや推し活について語る学生が稀にいて、その発表からかじった知識が時としてとても役に立つのです。

アニメ好きが高じて独学で日本語を学び、さらに「ゴールデンカムイ」を通じてアイヌ文化に興味を持つようになり、個人的に資料を読むなどして学んだけれど日本人にも直接聞いてみたい、とアイヌの地名と意味や歴史について質問されたこともありました。(もちろん、その後、白老にある「ウポポイ」に行きました!)

生け花の通訳では扱った「ガマの穂」から「因幡の白兎」の話が出てきたり、ある表敬訪問では「海坊主」から「妖怪」の話が出てきたり、とっさにでてこない言葉は数多くあります。このような軽いトークでは、日本のことは案外知らなかったということを突き付けられます。

ですから、いつでも、何でも勉強になります。

2024年秋「通訳基礎1」

あと1-2人受け付けます。

現在通訳業務を行っている方、行うご予定の方、受講しても通訳業務ですぐに回収できる料金となっております。しっかり学んで通訳業務に生かしてください。

初めての方のお申し込みにつきましてはレベルチェックなどを行いますので、8/31までにお問い合わせください。迷っていらっしゃる方もお早めにご相談ください。

まずは問い合わせメール(こちら)から受講の希望をお知らせください。

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