通訳講座を通じて感じたこと:木を見て森を見ず――スキルを伝えれば十分なのか

今日は、通訳レベルを向上させるうえで通訳スキルのほかに必要なものがあるのか、あるとしたら何なのかをテーマにします。

ホームページを立ち上げた2020年夏から現在までで、インドネシア語通訳者を対象とした通訳基礎1を3回、通訳基礎2を1回開講しています。そのほか、外部からの依頼により、インドネシア語通訳業務を行う方々に十数回にわたる通訳研修の講師を務めました。

守秘義務がありますのでホームページには詳細を記載しておりませんが、私は、コロナ禍においてもオンライン・トーク・イベントの他、専門家会議や技術提携に関する会議、セミナー等さまざまな場面で逐次通訳や同時通訳をしています。また、ありがたいことに、オンラインを含め通訳現場で「岩田さんはプロですね」という言葉をクライアントの方からよく頂戴します。その立場でこの講座を通じて感じていることを簡単にまとめます。

通訳業務に従事しはじめたばかりの方だけでなく、すでに通訳が主な業務になっている方にも参考になる情報があると思います。ほかに、通訳者を目指していらっしゃる方にも役立つ内容だと思います。

まず、それぞれの講座で行っていることや課題を簡単にまとめます。

講座「通訳基礎1」の現状

この講座には、ビジネスで求められる通訳業務に従事される方と、医療通訳などビジネスとは関係のない場で通訳をされる方が参加されています。

講座では、まず受講者が作成した文章を元に解説をしています。インドネシア語のどのような表現がカジュアルな印象を与えてしまい、どうすれば丁寧な表現になるのか等お伝えしています。その中で常々感じているのは、meN動詞を使いこなす力の重要性です。理屈は概ね分かっていても実際には使いこなせていない方が多いのですが、それは、用法の理解だけでなく、日本語とインドネシア語の表現の違いによる思い込みなども関係しています。

「通訳基礎」は文法解説を目的とした講座ではないので講座内ではポイントを絞って説明しますが、どの程度復習するかによって理解度や定着度に差が出ます。

次に、サイトラでは、インドネシア語のマテリアルを元に日本語出しのトレーニングをしています。例えば、インドネシア語の単語をほぼすべて理解していたとしても、日本語で聞きやすい状態にして訳出するのは意外に難しく、実は日本語で苦戦します。そのため、普段からどのようなことを心がけると良いのかなどをお伝えしています。

講座「通訳基礎2」の現状

この講座は「通訳基礎1」を修了した方が参加しています。実践的なトレーニングになるよう、さまざまなテーマで日本語、インドネシア語の音源から訳出してもらいます。

「あー」、「えー」などのフィラーは気をつけると減るものですが、演習では意識しているつもりでもさまざまな課題が浮かび上がります。考えをまとめているうちに2度、3度と同じ単語やフレーズを口にしてしまったり、日本語特有の表現なのにその日本語に引きずられたインドネシア語を発してしまったり、話者は堂々と話していても通訳の際には声が小さくなってしまったり、いつもは気を付けている発音も慌てていると普段の癖が出てしまったり。

また、メモ取りができないがどうしたら良いのかという受講者の訴えを分析すると、メモ取以外のところに問題が隠れているものです。人によって課題は異なりますので、次から自分で意識できるように、問題点が分かった時点でそれぞれの課題をお伝えしています。

さまざまなトレーニングを経て春期講座は終盤に差し掛かり、このところ、「通訳をすることで満足する」のではなく、「聞き手にはどのように聞こえているのか」に意識が向いてきたところが、個人的には嬉しい変化でした。ベテランの方を除いて、現場で他の方の通訳を聞いていて私が気になるのは、まさにこの点だったからです。

スキルを伝えれば十分なのか

さて、本題に戻ります。通訳講座を通じて感じたスキルについてです。実は今期、つまり2022年春期ですが、初めて「スキルを伝えるだけでは十分ではない」と痛感しました。

私自身は英日の通訳養成学校で通訳技術を学んだことがきっかけで通訳レベルが向上したと自分でも感じ、その後仕事の幅がぐんと広がったので、スキルを教えることで受講者の通訳レベルが向上するものだと考えていました。

ところが、口頭で説明できることについて必要な情報については出し惜しみなく伝えていても、思うように伸びない方がいらっしゃいます。まず第一に、私の説明が拙いという問題はもちろん反省点としてあるのですが、それ以外に考えられることがあるように感じました。そこでようやく、スキルを伝えるだけではまだ何かが足らないということに思い至りました。

考えた結果、私がフィードバックした内容を聞いて、なぜできなかったのかを分析することに気持ちが向いてしまうことが良くないのではないかと思いました。できない理由を客観的に把握することは確かに重要です。そうしないと、次に何をすべきかという方向性が定まりません。

しかし、できなかった原因を客観的に分析できて原因を適切に言語化できたとしても、通訳者の目標は、本番でできるだけ質の高い通訳をオーディエンスに提供することであって原因分析ではありません。つまり、通訳の出来不出来という目の前のことに関心が向いてしまって目標を見失ってしまった、つまり「木を見て森を見ず」という状態になったのではないかと考えました。

例えば、受講者が「今の通訳は60点だった。その理由は①語彙不足、②話者のメッセージを捉えきれていなかった、③流れが見えなくなってメモが半端になってしまったので、訳出する際に半端なメモから話を作ってしまったからである」と振り返ったとします。受講者はまとめをして、満足感が得られるかもしれません。

そして、次の目標を「①語彙増強、②話者のメッセージをとらえる、③自分で勝手に話を作らない(作文しない)」とするかもしれません。しかし、問題はそういう話ではないですね。

そうではなく、どうしたらその通訳を次に85点にできるのかを考える必要があるということです。それは点を25点上げるための対策ではなく、もっと根本のところで見直すことにより、結果として25点程度の向上が認められるという類のものですね。

そのようなことを悶々と考えた結果、新たな課題を出すことにしました。

私が普段の講座や通訳をする上で大切にしていることが伝わると思いますので、少し長いのですが、私が課題を出した時のメール本文を掲載します。どちらの講座についても基本的には同じですが、表現が少し異なりますのでどちらもそのまま掲載します。

「通訳基礎1」の受講者へのメール

これまでの講座で、通訳翻訳、サイトラ、単語などを中心に学びました。

特に、
正解はひとつでないこと、
なぜその単語を選ぶのか考えること、
ソース言語の内容を把握してから訳出すること、
大雑把に訳しすぎないこと、
文法的に破綻しないこと、
聞き手に分かりやすいということはどういうことなのか、
などを具体的な例を示しながらお伝えしてきました。

6回終了して、感じていることがあります。
それを何とかしたいと思い、課題を出すことにしました。

伸びる人、伸びない人の違いは何でしょうか?
よく、勉強量とか復習とかいいます。
もちろんそれはそうなんですが、そのやり方が大事だと考えています。
分からないことがあった時に、「答え」や「正解」を求めるのではなく、
自分なりに筋道を立てて考えることができるかどうか、だと思います。

通訳についても同じことがいえると思います。
指摘されたことをメモしているだけで勉強した気になってしまい、
筋道を立てて考えることを放棄してしまうと、
復習時間が長くても力はつきません。
メモをするのは、正解をたくさん知っていればいい通訳ができると錯覚してしまうからです。
しかし、一番重要なのは、自分で深く考えることです。
「なぜそうなるのか」、「なぜこれを選ぶのか」を考えることです。

もうひとつ、伸びない人の特徴として私が感じているのは、「なぜできなかったのか」を分析することです。
正しく言うと、なぜできなかったか分析した後に、「どうすればよいのか」まで考えれば意味があるのですが、
「なぜできなかったのか」の段階でストップしてしまう人は伸びません。
自己嫌悪に陥って、引きずってしまうので(笑)
でも、このような方はまあまあいらっしゃいます。

論外なのは、ありがたいことにここにはいらっしゃいませんが「なぜできなかったのか」の分析すらせず、
まあいいか、とスルーしてしまう人です。
「どうすればよいのか」まで考える人は必ず伸びます。

もうひとつ。講座の中で、「文章が破綻していますね」ということがあります。
これは、文法の間違いがあるという意味ではありますが、文法的に間違いがない文章を作りなさいという意味ではありません

私が破綻していると指摘するのは、述部がない、明確にルールが決まっている場合において単語を置く位置が間違っているなど
基本的な文法ができていないため、文になっていない場合です。
ただ、基本的なルールではあっても、初級レベルから中上級レベルまでいろいろあるので、
破綻しない文章を書けるようになるまでには実際にはかなり時間がかかります。
ですから、理解していなかったルールをひとつずつつぶしていくしかありません。
文章が破綻している時にはどのようにすればよいのかを伝えています。

これまでに指摘した内容について、赤でメモを書いているだけの方は、
次の時にも文章が破綻してしまいます。
赤で書いたメモの意味をよく考えて、自分なりに筋道を立てて考え、ルールを言語化できた人は、
次第に破綻しない文章を当たり前に書けるようになります。
ですから、ルールを自分の言葉で書くというひと手間を省くか省かないか、が肝心です。
これまでの経験上はっきりしているのは、
教えてもらったものを覚えようという態度の人は、なぜか語学力が向上しません。
定着するまでには時間がかかりますので、一度言ったらすべて覚えなさい、という意味ではありませんが、
「教えてもらえばいい」と安易に思っている間はプロとして通用しないでしょう。

上の話はよく講座内でお伝えしていますが、改めて文字にしてみました。

さて、通訳をする上での課題はたくさんあります。
ですが、「こうありたいと思い描く通訳の姿」はそれぞれに異なるでしょう。
まず「こうありたいと思い描く通訳の姿」を深く、具体的に考えてください。

そして、自分がありたいと思う姿と、自分の現状を見比べて、何をしたらありたい姿に近づけるのか、分析して、書いてください。
つまりは、書いたことを今後実際に行っていくと、自分が目指している通訳になるはずです。

いつか、ではなく、期限を区切らないと具体的に書けませんね。
「期限=いつまでに」は各自で設定してください。

まずは日本語でしっかりと考えてください。

そして、それを150~200ワードくらいのインドネシア語(A4半分くらい)にして、
最終日(今の予定では7月4日)の朝9時までに提出してください。

お仕事などが急に入ることもあると思います。
今から期限をお伝えしておりますので、早めに着手してください。

簡単な作文ではなく、自分を掘り下げる課題ですので、しんどい作業で、時間もかかる課題です。
そのように感じることなく簡単にできてしまったら、この課題が求めていることを理解していないことになると思います

答えは外にない。自分の中にある。
そう思って取り組んでください。

通訳基礎2の受講者へのメール

初回時に、この3か月で、通訳する際に意識できるようになりたいことについてお話しいただきました。
「できるようになりたいこと」であれば数多くあると思いますが、「3か月で意識できるようになりたいこと」はより具体的で焦点が定まったものになるだろうという話をしました。

前半では、メモの取り方、メモからの再現方法、どのような要素を再現すべきかについて、実践とフィードバックをするほか、日尼からの音源を使って実践練習をしました。
フィードバックとしては、
リスニングの段階で必要な流れが汲めているのか、
ソース言語の単語に引っ張られていないか、
交通整理ができているか、
適切な単語を選んでいるのか、
文法的に破綻していないか(インドネシア語になっているか)
などを中心にお伝えしました。

また、正解はひとつではないこと、
聴衆によって選ぶべき単語が異なるであろうこと、
無駄に長くならないよう適切に表現すること、
話者のエネルギーはできるだけそのまま伝えること、など
気を付けていただきたいことについても具体的な例を示しながらお伝えしました。

今、私が講座の中で感じているのは、「自分で考えることを後回しにしてきたツケ」のようなものです。
言われたことをメモしているだけでは力はつきません。
練習するだけでも力はつかないように思います。
自分で考えるというプロセスを端折ってしまったら力はつかないのだと思います。

ですから、その力をつけるためのひとつの方法として、課題を出します。
まずは、それぞれが目指す通訳の在り方について改めて考えること。

ひとつの例を挙げます。
通訳が終わった後に「かくかくしかじかだったので、うまく訳出できなかった」と思うことがあるかもしれません。
その場合、訳出できなかった理由を明確にするのではなく、「どうすればよかったのか」を具体的に考えていますか?
「●●という単語を使えばよかった」など思いつくのであれば良いのですが、
そうではなく「もっとよくできたはずだった」としか思えないのであれば、つまりはどうすればよいのか思いついていないことになりますが、
「もっとよくできたはずだった」と言いたくなる(=「かくかくしかじかだったので、うまく訳出できなかった」と言いたくなる)正体について言語化してください。
そして、それを解決するには何が必要なのかも考えてください。

恐らくその内容もまた、「目指す通訳の在り方」のひとつになると思います。

それをインドネシア語で300~400ワードにまとめて(大体A4で1枚程度)、最終日(予定では7月12日)の朝9時までに提出してください。
期限は今から明確ですので、仕事などが入りそうな方はどうぞ早めに着手してください。

まずは、自分の頭で深く考えてください。そして、言語化し、まとめ、それをインドネシア語で表現してください。
そのためにも、私が使っている表現でなく、また、既存の文章などに頼るのではなく、自分で言葉を紡ぎ出してください。

かなり苦しい&時間を取られる作業となると思います(そうでなかったら、この課題の主旨が伝わっていないことになります)が、
その先にはそれぞれの成長が待っていると思います。

おわりに

講座ではスキル向上を目指し、フィードバックをする際は、「何が、なぜ重要だから、どうしてほしいのか」についてできるだけ具体的に伝えています。しかし、それだけでは期待している成果を感じられないと思ったことが上記の課題を出すことにした背景にあります。

定着するまでに時間がかかることもありますので、受講中の3か月ですぐに改善しなかったとしても、お金をかけて、時間をかけて学んでいる以上、少なくとも半年後には明らかに何かが身についているようにこの機会を活用していただきたいと考えています。

勉強することも、しないことも、私たちの自由です。誰からも強制されていません。それに、敢えて深く勉強しなくてもインドネシア語の通訳の仕事はあるでしょう。
それで良しとするか、より良い通訳を目指したいと思うかは個人の選択だと思います。